Thursday, February 16, 2006

生き方と死に方

江戸時代の検視テキスト

この文面は、余りにポピュラーで、うんざりするほどネットでも取り上げられている。
だから、パクリとまた言われそうだが、敢えて期末論文に取り上げた。
同じ文面を、違うサイトで見掛けることになるが、此れは同一の資料を丸写しした結果だ。
誹謗中傷、歓迎します。

生き方が死に方を決めるでしょう。
同じ焼死でも、火刑か火事かで大きく異なる
人生の終わり方は、其の人の生き方が決める、と思った。
テーマとズレているかもしれないですが、死に方は行き方の鏡ではないだろうか。

現代に於いては、人が死亡した時には、其れが自宅の畳の上で老衰により亡くなった場合でも、医師の死亡診断書が無ければ、葬式も出来ない事態になる。

普段からかかりつけの医者があればいいが、医師にもかからず健康のまま老衰で死亡すると、電話しても医者はやってこないことがままあるため、死亡診断書がもらえず、異常死体として警察のお世話になることになる。

原因不明の死体は、喩え病死でも、常死体として取り扱われ、行政検視または司法検視が行なわれる。

なお、検死解剖の費用は、都道府県によってかなり差が有る
死ぬなら、実質無料になる東京で死ぬべきだ。

行政検視とは、警察官が死亡状況や死因を調査することで、死因が犯罪に関係していると疑いがある場合には変死体として扱われ、検察官が司法検視を行なう。

そして検視の結果、犯罪に関係のある解剖を司法解剖死因の明らかでない病死者の遺体を解剖することを行政解剖という。

上野正彦著「死体は生きている」によると、日本では東京都だけが監察医務院という独立した庁舎をもち、八〇人のスタッフで、年中無休の体制でローテーションを組み、都内の変死(年間七三〇〇体、一日二十体)を扱っているという。

こうした検視は法医学の領域であるが、江戸時代の検視のテキストの一つであった「無冤録述」を調べ、当時の医学知識と、現代の其れとの差を、見比べてみたい。

ま、教授にウケればいいのだが。

なるべく犯罪操作に関するものは略し、死体現象に関係あるものを調べてみた。

江戸時代の死者の扱い

死を見つめ、生き方を考えましょう。
どんは風に死にたいか。
欝のわたしは夢想に耽ります。

江戸時代、およそ二百六十年間に作られた法令は一万を越すと言われている。

其の中で検視が重視されたのは、傷害を受け、其れが原因で死亡したのか、或いは死因は負傷とは関係のない余病のためか等、医者の知見が必要とされたのである。

又、変死者や手負いの病人を隠して届け出なかった者に対して罰金が科せられ、変死者を内緒で葬った寺院には、五十日間の閉門が命ぜられたお触れ書きもある。

旅の途中で倒れ死亡した人についてのお触れ書き(一七三三年)には、死者の郷国が判明すれば、遠国であっても通知し、親類縁者が引き取りに来たら証文をとって引き渡すこと、もし遺体の身元がわからない場合には、其処に三日間曝し、病人の様子を書いた札を建てて土葬にするべしとある。

死因に不審な場合には検視をするが、当時は医師の立会で検視が行なわれた。

江戸時代の檢験のテキスト

日本でできた檢験のテキストはまず「無冤録述」があげられる。
このテキストは一三〇八年、元朝で編纂されたものだ

其の後、朝鮮を経由して、日本では一七三六年に日本の状況に合わせて翻訳され、明治四三年頃まで幾度も刊行され用いられていた。

「無冤録」は上下からなり、題名のとは、今で言う、濡れ衣のことだ。

上巻では肉体の部位と名称、検視にあたっての心がまえ、注意点が述べられている。

下巻では三十一の死因と、其の死体に現われた特徴が、グロいほど詳細に、記されている。

今読んでも非常に興味深い。
ひょっとしたら、ターヘルアナトミアから、医学は後退している気がした。
現代医学は検査機械や薬の示す数値にばかり頼り、問診や触診を蔑ろにしがちだ。
患者は、医者の横顔しか見ない。
医者は、電子カルテの打ち込みに必死で、患者を診ず、液晶ばかり見ている。
少なくとも、医は仁術、ではなくなった。
医者の法的注意義務に、素人は頼るしかない。

死のレパートリー

無冤録述」下は、絞殺された遺体の鑑定から始まるが、主だった三一の項目から次の一八項目を見てみる。

水死棒殴死刃傷死自割死毒殺死火燒死湯発死病患死凍死圧死車碾死雷震死飽食死窒息死蛇毒死男子作過死死後仰臥停泊微赤黄色首吊り死
が、列挙されていた。

一、水死
まず水に落ちて死亡した者は、その肌の色は白く、口は開き目は閉じ、腹は膨れ上がり、指の爪の中に砂や泥が入っている。
寒季では死体は溺れて数日してから浮かび上がるが、夏などはすぐに浮かび上がる。

水に入って死亡した者は、その多くは目が外れ、口、耳の中から泡が出る。腹は膨れ、両足の裏は白くなっているが腫れてはいない。
両方の手足とも前に屈んでいる。
男はうつ伏せになって流れ、女は仰向けになって流れる。
此処に出てくる男女の見分け方は、中国小話にも出てくるくらい有名な一説だ。

水に入って死亡した死体は、両手は握りしめ、目は見開いて、腹は少し張っている。

生きている間に水に溺れて死亡した場合、死者の頭は仰向きになっており、両方の手足とも前方に屈め、口は閉じ、目は開く場合も閉じる場合がある。

泳ぎ損なって死亡した者は、顔色が赤く、他に傷も痕もない。
水の中に入って、長くもがいて死んだ者は顔色が赤く、口や鼻の中にも泥水の泡がある。
腹にも水が入って少し膨れている。

溺死は川や海で溺れ死ぬことをいうが、法医学では気道に液体が吸入されて死んだ場合に溺死という。

水泳中に心臓麻痺で死んだ場合、このような死体は水を飲んでおらず、肺や気管支にも溺水がないので厳密には溺死とは言わない。

古畑種基著「法医学の話」に溺死の経過と症状について述べてある。其れには四段階あり、

一、息を止めて溺水を飲まぬようにする時期(三〇秒から一分)。
二、吸困難の時期で吸気性と呼気性の痙攣が全身に起き、まもなく意識を失い盛んに水を飲みながら痙攣をする(一~二分)。
三、呼吸が停止して静かになる(一分)。
四、末期呼吸期で、口を開き末期呼吸を二、三回繰り返す。呼吸は停止するが心臓はしばらく動いている
この時期に人工呼吸すれば蘇生できるという。溺死の経過は四分から七分である。

溺死して何日も経た遺体は、全身が膨れ頭髪は抜け落ち、目も腫れ唇も反り返って、全身上から下まで青黒色になって剥けかかり、年令も見分けにくくなって、口鼻の穴からは水沫が出、腹が張っていることが判る。

また溺死と死亡推定時間の関係は、東京都内四五九例の水死体を調査した結果が報告されている。

其れによると、手足の皮膚が容易に剥がれるのが、一~三月の平均は一〇日~二週間、此れが七~九月であると二、三日だ。

同じく死体硬直が解けるのは、冬期で五日~一週間、夏期では二、三日

顔が巨大に変化するのは、冬期で一週間~一〇日、夏期で二、三日、頭毛が容易に脱落するのは冬期で一〇日~二週間、夏期で三~四日だ。

今現在でも通用する、しかし真眼を要する、検死だ。
機械や薬の数値に頼る、現代の検視官には到底無理だろう。
昔の人頭脳明晰に感服するばかりだ。

検視上の注意

如何生きたかで、死に方も決まる。
いい加減に生きれば、ロクな死に方ができない。
検死について学ぶと、つくづくそう実感する。

初めに検法と題し、検視上の注意が述べられていた。

およそ遺体を調べるときには、現場に行ってすぐに遺体の近くによらず、風上に座り、死者の親族または現場の係りの者を呼び、詳しく様子を確かめてから調べにかかるべし、とある。

此れは風下に座ると死臭が強いため其れを避けるための注意だ。

次に、遺体が未だ其のままの状態にあるときに、家の内にあるのか、にあるのか、畳の上か、地面の上か、或いはか、谷間か、木の上か、を確かめ、其の遺体を検視する場所を考える。

もし山か谷の場合には、山までの距離とその持ち主、及び地名を聞くべし

もし家の中であれば何処にあって、その傍らにある道具類、又は遺体の上に着せてあるもの、下に敷いている物を気を付けて見るべし

続いて現場にいた人々に訊問があり、季節による遺体の変化が記されている。

春の三ケ月の間は、死体は死後二、三日経てば変化する。

口、鼻、腹の皮、両脇、胸の上は肌の色は少し青い

もし一〇日以後になれば、肥満した人の場合、鼻、耳の中より悪い汁が流れ出て、腹の皮が膨張する。

痩せた人であれば変化が遅れ半月以後に変化する。

夏の三か月では、死体は一、二日すればまず顔、腹の皮、両脇、胸の上の皮膚が変色する。

三日もすれば口鼻から汁が流れ出て、蛆虫がわいて全身が膨れて腫れあがり、唇は反り返り、皮膚はぶつぶつと起き上がり、六、七日過ぎれば髪が抜け落ちる
一番悲惨だ。
当人はいいだろうが、火葬の習慣が無かった当時は、残された者が悲惨だ。
当分、飯が食えなかったという。

は、夏の死体現象が一日遅れで同じように変化する。

冬の三か月では、死後四、五日過ぎると、全身の肌色が黄ばんでくる
半月以後は、まず顔、口、鼻、両脇から変わる。

四季に関係なく、蒸し暑い日であれば、遺体は一日経てば皮膚の色が変わって青黒色になる。

臭気も出て、三、四日で皮膚の皮が崩れ、腫れて蛆虫がわく

次に遺体は、季節の変化、死者の年令、体重によって、変化の度合いが異なる。

現代の法医学では、死因や死亡時間の割り出しのために、死体の冷却、死斑、死体硬直、腐敗といった死体現象と、其の時間推移に関して詳しくデータが集められている。

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