鬱病の薬~弐
13、抗鬱剤 antidepressant
抗鬱剤と呼ばれる一群の薬剤は、もともと鬱病や抑鬱状態の治療薬として作られたものであり、古い順番に三環系抗鬱薬、四環系抗鬱薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬SSRI、セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬SNRIなどに分類される。
三環系抗鬱薬としては、イミプラミ ン(トフラニール)、アミトリプチリン(トリプタノール)、アモキサピン(アモキサン)などがある。
四環系としてはミアンセリン(テトラミド)など。
セロトニン再取り込み阻害薬としてはフルボキサミン(ルボックス)やパロキセチン(パキシル)。
セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬としてはミ ルナシプラン(トレドミン)がある。
日本ではスルピリドやメチルフェ ニデートなども抗鬱剤ということになっているが、本来的に此れらの薬剤は全く別クラスのものだ。
もともとは鬱病や抑鬱状態に対する治療薬として作られたものではあるが、殆ど全てが其の他にパニック障害、不安障害、社会 恐怖(対人恐怖)、強迫性障害、衝動コントロールの障害(過食嘔吐症、抜毛症など)、パーソナリティー障害、などに効果があることが分かっている。
以前 は三環系抗鬱薬が中心だったが、最近ではSSRIやSNRIが中心になってきている。
この理由は、此れらの新しい薬剤が特に作用の点で優れているからではなく、副作用が少なく安全性が高いからだ。
逆に、古い薬剤は抗コリン作用、眠気・鎮静作用、起立性低血圧などの副作用が多く、十分な治療に必要な用量 まで薬剤を増量することさえ難しかったのだ。
抗鬱薬がどうして抑鬱症状の改善に効果があるのかについては、現在でもはっきりとは分かっていない。
此れらの薬剤が脳内のモノアミン系、特にセロトニンやノルエピネフリン系のターンオーバーを阻害する性質があることから、此れらのモジュレーターが関係しているのだろうと思われてはいる。
しかし、殆ど全ての抗鬱薬は、効果発現までに二週間以上を要することからも、単純にセロトニンやノルエピネフリンをシナプス間隙で増やすことだけが、抗鬱効果の理由とは考えにくく、詳細はまだ分かっていないのだ。
抗鬱薬に伴う副作用には以下のようなものがある。
抗コリン作用:口渇、便秘など。
特に古い三環系抗鬱薬、四環系抗鬱薬などでは目立つ。
SSRIやSNRIでは目立たないことが多いが、パロキセチン(パキシル)には若干の口渇が出ることがあるようだ。
眠気・だるさ:此れは抗ヒスタミン作用を反映していると考えられているが、やはり古い抗鬱剤でよく見られるものだ。
アルファ遮断作用:起立性低血圧など。此れも古い抗鬱剤でよく見られる。
セロトニン系による副作用:吐き気など。
此れは新しいSSRI(パキシル、ルボックス)、SNRI(トレドミン)などでよく見られるものだが、特に治療の開始時や増量時に見られる。
しかし次第に慣れが生じてくるため、数日程度で軽減しなくなっていくことが多いものだ。
ノルエピネフリン系による副作用:SNRI(トレドミン)で時々みられる副作用で、どきどきする、多少いらいらが増す、尿閉、便秘、などがありえる。
性機能障害:古い抗鬱薬では抗コリン作用により、勃起障害などがあるが、新しいSSRIやSNRIでは殆どありない。
しかしSSRIではオルガスム障害や遅漏などの問題が起こることがある。
此れらの副作用のうち、眠気、だるさ、吐き気などの症状は治療開始初期あるいは増量した時に強く出るものであって、使用しているうちに慣れが生じるもの でもある。
このため、患者に此れらの予測可能な副作用について十分に説明して分かってもらった上で、少量から開始し少しずつ増量(半週間から一週間に 一段階増量)していくことが必要だ。
抗鬱薬の妊娠中の使用は、特にSSRIに関する限り、此れまでのデータでは特に催奇性が高いということは認められていない。
通常の薬物と同様に、其れでも妊娠中はできるだけ薬物の使用を避けた方が安心ではあるだろうが、妊娠中および出産後の母親の鬱病は、母親本人にも子どもにも大きな悪影響があるために、薬物療法を行うことのメリットとデメリットをよく話し合って決めていくことが必要だろう。
なお、此れまでの研究で、妊娠後期のSSRIの使用は統計的には若干早産の確率があがるようではある。
14、各疾患に対する抗鬱薬の使用
大鬱病 major depression
鬱病に対する抗鬱薬の効果は明らかであり、一つの薬剤でも五〇%は反応するし、もし一つめの抗鬱薬がうまく反応しなかった場合、別の抗鬱薬を使用したり、組み合わせたりで使用することで八〇%は改善を示していくことが分かっている。
一般的にパーソナリティー障害、不安障害、精神病性の障害を合併 しているケースでは比較的反応率が悪いようだ。
抗鬱薬による治療によって効果が得られない場合は、ECTを治療として選択することができるが、より長期にわたる再発、再燃の予防のためには、矢張り抗鬱薬が必要であり、其の患者にあう抗鬱薬を探す努力はいずれにしろ必要だ。
抗鬱薬の効果が発現するには二週間を要するし、十分な効果が見られるまで六週間から八週間もかかることがある。
治療の失敗において最もよく見られるのは、抗鬱薬の用量が不足している場合と、使用期間が短すぎる場合だ。
パロキセチンにして四〇mg、イミプラミンにして二五〇mg以上を、六週間以上使用していないと何とも言えない。
其れでも改善が無い場合は、リチウムや甲状腺製剤などを併用する強化療法augmentation therapyもありえる。
鬱病は寛解した後もしばらくの間は再発の危険が高いため、多くの場合、約半年は同じ抗鬱薬を使用し続ける、継続的な治療を行うことが勧められる。
以前はこうした再発予防治療continuous therapyにおいて、用量を落としても良いのではないかと見られていたが、現在では急性期に寛解に要したのと同じ用量を其のまま使い続けることが勧められている。
何度も再発を繰り返している反復性の鬱病の場合、数年間にわたる再発予防治療maintenance therapyが必要な場合もあるだろう。
抗鬱薬は抗精神病薬と違い、遅発性ジスキネジアなどの長期使用に関する問題は無く安心して使うことができるだろう。
もっとも抗鬱薬の中でもアモキサピンは抗精神病薬としての性質があり、錐体外路症状の副作用も出ることがあるため、遅発性ジスキネジアの危険性を考慮すべきかもしれない。
古い三環系抗鬱薬においても、新しいSSRIやSNRIにおいても、最初は比較的少量から開始して、数日から数週間をかけて用量を増やし、治療に必要な用量にまであげていく。
こうすることで、副作用を比較的少なくしていくことができる。
15、双極性障害に伴う鬱病エピソード
双極性障害に伴う鬱病エピソードの場合、考慮されなくてはならないのは躁病相へ転じてしまうことだ。
此れまでの研究で三〇%から五〇%が躁転してしまうことが示唆されているし、リチウムやバルプロ酸など気分調整薬を併用していてもそうなってしまうこともある。
しかし、双極性障害の鬱病相は、気分調整薬だけでは十分に回復できないことが多いし、其の間の患者の苦痛は大きいために十分に考慮したうえで抗鬱薬を使用することは必要なことだろう。
APAの診療ガイドラインでは、まず気分調整薬を十分に使用していることを確認したうえで、其れでも必要なら抗鬱薬を併用するように勧めている。
此れまで三環系抗鬱薬は躁転を促してしまう可能性や、rapid cycler化を促してしまう可能性を示唆されていたが、最近の研究ではSSRIについては、其れほど心配はないであろうことが示唆されている。
使うのであれば、SSRIを使用すべきだろう。
16、精神病症状
幻覚や妄想などを伴う鬱病の場合、抗鬱薬単独での反応率は三〇%から五〇%であるのに対して、抗鬱薬と抗精神病薬の組み合わせでは七〇%から八〇%に向上することが分かっており、この病状での第一選択になる。
少なくとも同等以上の効果がECTにもあると分かっており、薬物療法が無効であるか、症状的に改善を急がなくてはならない場合には、ECTが選択されるだろう。
この場合に使用される抗精神病薬の用量については、どのくらいが最適なのかについては、はっきりしたことが分かっていないが、一般的な急性精神病状態において使用されるよりも、若干低めの抗精神病薬(ハロペリドールに して四mgから六mg)で良いと考えられている。
老人に対しては通常SSRIが選択される。
其の理由は、三環系抗鬱薬は、抗コリン作用はアルファ遮断作用などがあり、老人に使用することには不必要な危険を伴うからだ。
しかし、SSRIを使用する場合であっても、老人は肝機能や腎機能が低下していることが多く、半減期が長くなっている可能性が高いため、開始用量はより少なめにすべきであり、増量のスピードも、最終的な用量も、低くしておくべきかもしれない。
17、境界性人格障害
境界性人格障害においては、非常にしばしば随伴する、抑鬱症状の軽減、衝動コントロールの障害の改善、摂食障害症状の改善などの目的で、抗鬱薬、特に安全性も高く治療的効果も期待できるSSRIが使用されることがある。
APAの診療ガイドラインでも、境界性人格障害の治療は、精神療法が第一義に考えられるべきではあるが、薬物療法としてはSSRIが最も勧められると述べている。
鬱病症状は、パーソナリティー障害が合併していると、抗鬱薬の反応率が一般に下がるものではあるが、其れでもプラセボと比較すると、有意な有効性が示されてはいる。
18、パニック障害
パニック障害は、予期できぬときに突然に強いパニック発作に襲われることを繰り返すもので、其れだけでなく「また発作が起こったらどうしよう」というような予期不安anticipatory anxietyがあり、そうなった場合逃げ出せなくなるような状況(電車の中、車の中、映画館や美容院など)を避けてしまい、生活が成り立たなくなってしまう問題を伴う。
治療としては三環系抗鬱薬、SSRIなどや、高力価のベンゾジアゼピンなどが、其の有効性を示されているが、副作用の少なさの点から、最近では圧倒的にSSRIを使用することが多くなっている。
三環系抗鬱薬を使用する場合も、SSRIやSNRIを使用する場合も同じだが、最初のうちはかえって不安やイライラが増強することがあるので、少量から開始し(パロキセチンにして一〇mg)少しずつ増量していくか、ベンゾジアゼピン系抗不安薬を併用していく ことが必要かもしれない。
最終的用量は、鬱病に対して使用するときと同じであり、パロキセチンにして四〇mgから六〇mgが必要だろう。
ただし日本の保険適応では四〇mgまでだ。
パニック障害に随伴する予期不安や外出恐怖は、パニック発作が十分に良くコントロールされてから、幾分遅れて改善されてくることが多い。
しかし、此れについては認知行動療法などの精神療法を併用することがより効果的かもしれない。
19、強迫性障害obsessive-compulsive disorder
強迫性障害は、強迫観念と、其れを打ち消すための強迫行為からなることが多いが、其のうち強迫行為には行動療法が、強迫観念にはSSRIなどの薬物療法が比較的有効であるといわれている。
強迫はセロトニン系が関係していると考えられており、古い抗鬱薬であるクロミプラミンや、新しいSSRIであるフルボキサミンなどが使用されることが多いが、基本的に、どのSSRIでも同様に有効であろうと考えられる。
ただし一般に、鬱病に対して使用するよりも多い用量を要し、反応を示すまでに長い期間(一二週以上)を要することが多いようだ。
此れにより約半数のケースが改善すると考えられる。
強迫症状に対して抗精神病薬を使用することもあるが、一般的にはSSRIによる治療が無効な場合や、統合失調型障害schizotypalの 特徴を持つ場合、統合失調症に合併している場合、などに限られるべきであると考えられている。
強迫性障害の近縁疾患であると考えられている抜毛症trichotillomaniaに対してもSSRIは使用される。
其の他の疾患
外傷後ストレス障害PTSD、社会恐怖(対人恐怖)、醜形恐怖dysmorphophobia、過食症blimia、などに対してSSRIなどの抗鬱薬の有効性が確認されている。
ただし、此れらのいわゆる神経症性障害の場合には、精神療法などの併用がほぼ必須だろう。
20、気分調整薬(気分安定薬) mood stabilizer
気分調整薬とは、双極性障害(躁鬱病)などに見られる気分の波を抑え、躁病症状も鬱病症状も安定化させていく作用をもった薬剤のことであり、現在日本で使用することができるものには、炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、がある。
このどれもが双極性障害の治療および予防、パーソナリティー障害などに見られる、気分の不安定さや衝動性の問題の治療などに使用されている。
特に双極性障害の治療においては、気分調整薬が治療の主体になるべきであると考えられており、其れでも十分に躁病症状や鬱病症状をコントロールできない場合に、抗鬱薬や抗精神病薬を併用することになる。
(一)炭酸リチウム
炭酸リチウムは、日本では抗躁薬ということになっているが、実際の作用は躁病相の治療だけではなく鬱病相の治療にも、其の気分の波の予防にも使用される気分調整薬の代表格だ。
この薬剤は非常に単純な金属イオンなので、殆ど全てが腎臓で排泄される。
有効域therapeutic rangeは比較的狭く、血中濃度にして大体〇.八-一.二の範囲であると考えられ、此れより低いと効果が期待できないし、此れより高いと(一.六 以上くらいになると)中毒症状が出てくる可能性がある。
このため、この薬剤の使用開始時には何回も採血を行い適正な用量を決めていかなくてはならないし、使用中は時々濃度を確認する必要もある。
通常は元気な成人で一日六百mgから千二百mg程度になるだろう。
特に気をつけなくてはいけないのは濃度が上昇しすぎて中毒になることだ。
リチウムは腎臓で排泄されるとき、近位尿細管でナトリウムと競合する形で再吸収される。
ヘンレのループではあまり再吸収されない。
このため低ナトリウム血症になっている時に、血中濃度が予想以上に上がってしまうことがある。
例えば患者が拒食を続けている場合、脱水状態になっている場合、などは要注意だ。
また近位尿細管に作用するサイアザイド系利尿薬との併用は、リチウム濃度を三割から五割程度まで上げてしまうことがあるので、此れも要注意だ。
一方ループ利尿薬であるフロセミド(ラシックス)などは、其れほどの変化を与えないことが考えられるが、其れでも一応注意していくことが大切だろう。
リチウム中毒の症状は、嘔気嘔吐・下痢などの腹部症状、粗大な振戦、構語障害や歩行障害などの失調症、などが特徴だ。
なお、リチウムには殆ど眠気やだるさなどの副作用がないが、長期的な使用に伴う、やや厄介な副作用には腎性尿崩症と体重増加、手指の振戦などがある。
特に腎性尿崩症については、リチウムを服用している患者の四割から六割には何らかの形で見られるとも言われる。
重症なものになると、一日数リットル の多飲・多尿を伴い電解質バランスを崩す(高ナトリウム血症)こともあるので、特に内科的な原因などで、此れまで多飲によって代償してきたものがバランスを崩したときなどは要注意になる。
手指の振戦は抗精神病薬の副作用(錐体外路症状)に見られるものよりも粗大なものであり、本態性振戦に近いものだ。
リチウムの量を減らすことでなくなるが、症状コントロールの点で減量が好ましくない場合は、対症的にβブロッカーを併用することもありえる選択肢だ (インデラル二十mg二xなど)。
リチウムは明らかな催奇性があり、妊娠初期の女性が服用していると、心血管系の奇形を生じる可能性が統計学的にあがることが分かっている。
21、双極性障害の躁病エピソード
双極性障害の急性期の治療、および再発予防のために、リチウムなどの気分調整薬は主体になり、約七割のケースで有効であると考えられている。
しかし、有効性は病相によって違い、リチウムが最も有効であるのは躁病エピソードの急性期および予防時であり、鬱病相の予防にはやや効果があり、鬱病相の急性期の治療としてはリチウムだけでは不十分であり、抗鬱薬との併用が必要になることが多い。
双極性障害の躁病エピソードに対して、リチウムは適切な血中濃度で使用すれば、七〇%から八〇%もの場合に有効であることが分かっている。
しかし効果発現には二週間程度かかるし、十分な効果が得られるには一ヶ月以上かかってしまう。
このため治療初期に興奮や逸脱行動が著しい場合には、短期間抗精神病薬との併用をすることがある。
この場合、最近では錐体外路症状などの副作用の少なさから第二世代抗精神病薬が選択されることが多くなっている。
22、双極性障害の鬱病エピソード
双極性障害の経過中に起こってくる鬱病エピソードについて、抗鬱薬を使用すべきかどうかという問題は、此れまでいろいろな意見があった。
一方では、リチウムなど気分調整薬だけでは、鬱病エピソードの治療に十分な効果がなく、どうしても抗鬱薬を併用する必要性があるとする事実があり、他方では、抗鬱薬を使用することで躁転が促されてしまうのではないかとか、rapid cycler化を促してしまうのではないか、という疑問も提起されていた。
しかし、最近の研究の結果によると、少なくともSSRIについては、躁転の確率はそう上がるものではなく、rapid cycler化を促しているという確かな根拠もないため、双極性障害の鬱病エピソードに対して、気分調整薬と同時にSSRIを併用することはそう悪いこと ではなく、むしろ治療上好ましいことと考えられるようになってきている。
双極性障害の鬱病エピソードは、しばしば精神病症状を伴うことがあり、重症化することも多いため、其の場合は抗精神病薬との併用、場合によってはECTの適応ともなり得る。
23、双極性障害の再発予防治療
双極性障害の躁病エピソードの再発予防にも、鬱病エピソードの再発予防にも、そしてサブクリニカルな気分の波の抑制に、リチウムなど気分調整薬は有効であることが示されている。
ただし、リチウムは鬱病エピソードの予防よりも、躁病エピソードの予防に、より有効でありそうであり、リチウムを使った維持療法の間にも鬱病エピソードが起こってしまうことはあり得る。
躁病エピソードの時に抗精神病薬を併用していたようなケースでも、錐体外路症状などがあるため、できるだけ再発予防の維持療法期には抗精神病薬はやめるべきだ。
維持療法期のリチウムの用量については、いろいろな議論があったが、最近の研究によると躁病エピソードで有効な用量(血中濃度〇.八-一.〇)を使用し続ける方が、用量を下げて(血中濃度〇.四-〇.六)使用するよりも明らかな有効性があることが示されており、維持療法の間も十分量のリチウムを使用した方が好ましいとする考え方が主流になりつつある。
ただし、其れほどの危険性はないものの、リチウムを長期的に使用する場合は、腎性尿崩症のような副作用について患者とよく話し合い、十分に注意していくことが必要だろう。
24、鬱病に対する強化療法 augmentation therapy
抗鬱薬だけで無効、あるいは十分な効果が得られていない鬱病の場合、リチウムや甲状腺ホルモンを併用することがあり、此れを強化療法 augmentation therapyと呼んでいる。
大体、五割程度に有効であるとされているが、この用途のために適切なリチウムの用量は今ひとつはっきりとは分かっていない。
ただ、最低でも血中濃度が〇.四以上は必要であると考えられているし、改善した後もしばらくは同じ用量で使用し続けることが必要そうであることが、此れまでの研究から示唆されている。
やはり効果発現まで二、三週間は要すると考えるべきだ。
25、リチウム其の他の用途
リチウムはパーソナリティー障害や、其の他の場合の衝動性、暴力性のコントロールの改善を目的に使用されることがある。
此れまでの研究結果はこうした用途に有効であるという報告も、そうでない報告もあり、何とも言えない。
しかし、其の他のより効果が確実な方法でうまくいかない場合に使用されることがある。
ただ、境界性人格障害の患者では、大量服薬などの自傷行為のリスクが高いし、摂食障害の患者では、食事摂取が予測不能な上に下剤や利尿剤の乱用をしている場合があるので、十分な注意が必要だ。
リチウムはまた、統合失調症に伴う言いようのない不安の症状軽減に効果があるという報告があり、この目的のために使用されることもある。
26、バルプロ酸(デパケン、デパケンR)
バルプロ酸は、もともと抗てんかん薬として使用されていた薬剤だが、気分調整薬としての作用があることが明らかとなった。
躁病エピソードに対しては、リチウムと同等の効果があることが分かってきた。
そこで、現在ではリチウムと並んで双極性障害の治療に使用されている。
特に、不安・不機嫌を伴う躁病症状 mixed stateや、いわゆるrapid cyclerに対しては、リチウムよりも効果が高いことも示唆されている。
バルプロ酸は肝臓で代謝される。
半減期は八時間程度であり、このため一日数回の投与が必要になっている。
このため最近では一日一、二回の投与で十分な血中濃度を維持できる徐放剤(デパケンR)が使われることも多い。
リチウムに比べて、血中濃度と治療効果は其れほど厳しく相関しているものではない、と考えられているが、大体てんかんの治療に使用するのと同様の用量、血中濃度にして五〇から一五〇μg/ml程度が適当であると考えられている。
バルプロ酸は、人によっては若干の眠気が生じること、空腹時に服用すると嘔気を生じることがあること、若干太りやすくなること、以外はあまり目立った副作用がない。
バルプロ酸を服用している患者には、時々若干の肝機能異常(AST/ALTの上昇)や高アンモニア血症を見ることがあるが、此れらの検査上の異常値の臨床的な意味合いは不明であり、其れがために直ちに服薬をやめさせなくてはならない、とは考えられていない。
バルプロ酸は此れまで、てんかんの治療に長期間使用されてきたという事情もあり、妊娠に対する影響が比較的よく知られている。
此れまでの研究は、バルプロ酸が神経管の形成過程に影響を与えることを示唆しており、二分脊椎症などの明らかな催奇性が示唆されている。
このため妊娠前期のバルプロ酸の使用はあまり勧められるものではなく、可能であれば抗精神病薬でしのぐか、ECTを使用することを勧める専門家もいる。
双極性障害の躁病エピソード。
バルプロ酸は、躁病エピソードに対してリチウムと同等に有効であることが示されており、現在リチウムと並んで第一選択薬と考えられている。
十分な血中濃度に達してから一、二週間で抗躁効果が見られている。
躁病エピソードの急性期に使用されるだけでなく、其の予防として維持療法に使用されることもある。
この場合、躁病エピソードの予防には比較的良好な効果がありそうだが、鬱病エピソードの予防には効果が低いと考えられている。
なお、バルプロ酸単剤では、通常は鬱病エピソード急性期の治療としては適切ではないと考えられている。
其の他の用途。
リチウムと同様に、バルプロ酸も衝動性、暴力性のコントロールを改善するために使用されることがある。
27、カルバマゼピン(レキシン)
カルバマゼピンも、バルプロ酸と同様に、もともとは抗てんかん薬として使用されていた。
しかし、双極性障害の躁病エピソードに対して有効な場合があることなどから、リチウムやバルプロ酸よりは一般的な優先順位は落ちるが、双極性障害の躁病相の治療および、より長期的な再発予防に使用されることがある。
カルバマゼピンも、バルプロ酸と同様、リチウムほどの厳密な濃度管理は必要ないと考えられており、精神科的な適応に使用されるべき用量も、てんかんの治療に対して用いられる場合と同様に、血中濃度にして大体四から一二μg/ml程度であろうとされている。
カルバマゼピンは肝臓で代謝されるが、強力なP450誘導作用があるので、同じ用量を使用していても、すぐに血中濃度が下がってくることがよくある。
さらにP450を阻害する作用のある薬剤(fluvoxamineなど)と併用すると、予測外に血中濃度が上がり副作用である、ふらつきなどが強くでることもある。
副作用の点ではやや厄介な薬剤であり、比較的アレルギー性の反応を引き起こしやすい傾向がある。
このため、皮膚のかゆみ、薬疹、肝機能障害、白血球減少症などを引き起こすことがあり、其の場合は使用を中止しなくてはならないだろう。
其の他は薬剤を開始した時と増量したときにフラツキ、二重視、聴覚異常(音が半音下がって聞こえる、などと訴えることがある)、などの副作用がでることがある。
またリチウムや抗精神病薬との併用で、時々せん妄を起こすこともある。
用量や増量のスピードに注意する必要のある薬だ。
この薬剤も、他の抗てんかん薬と同様に、明らかな催奇性のあることが分かっているから、可能であれば妊娠している間は避けるべきだろう。
また乳汁中への移行もあり、授乳されている乳児に眠気が出ることがあるので、授乳は避けるべきだ。
28、双極性障害の躁病エピソード
カルバマゼピンも、躁病エピソードに対して有効性があることが示されているが、其の有効率はリチウムやバルプロ酸に比較すると、やや低いと考えられており、一般的には第二選択とされている。
双極性障害の鬱病エピソードに対する有効性は、リチウムやバルプロ酸がそうであるように、其れほど高くないと考えられている。
不安・不機嫌を伴う躁病やrapid cyclerに対しては、リチウムよりも有用であることも示唆されており、リチウムやバルプロ酸が無効なケースに対して、其の次の選択肢として重要な役割がある。
其の他の用途。
リチウムやバルプロ酸と同様に、カルバマゼピンもパーソナリティー障害や老人性痴呆などの問題に伴う衝動性や暴力性のコントロールを目的に使用されることがある。
29、抗不安薬
抗不安薬・睡眠導入剤は、現在殆ど全てがベンゾジアゼピン系の薬剤になっている。
此れらの薬は少量では抗不安作用を、大量では睡眠鎮静作用を示す。
ベンゾジアゼピン系の薬剤は、以前に同様の目的に使用されていたバルビタール系の薬剤と違い、
(一)抗不安作用を示す用量と睡眠鎮静作用を示す用量の間に開きがあり、鎮静作用の少ない抗不安薬としてより使いやすいこと、
(二)呼吸抑制などの問題がなく大量服薬された場合の安全性も高いこと、
(三)耐性・依存性が生じにくいこと、
などの点で明らかな利点があり、現在ではわざわざバルビタール系の薬剤を、抗不安作用や睡眠鎮静作用のために使用する理由は殆どないと考えて良いだろう。
ベンゾジアゼピン系の薬剤は、どれも多かれ少なかれ、抗不安作用、睡眠鎮静作用のほかに、筋弛緩作用、抗てんかん作用などがある。
ベンゾジアゼピン系の薬剤は、内科医などの非専門家によって安易に、適応を充分に考慮されずに処方される傾向があり、また若干の依存傾向もあるために、幾分社会問題化していることはある。
しかし、この薬剤にはこの薬剤の強みも弱みもあるので、其の点を充分に知った上で、計画的な治療戦略の中で、使用するのは間違ったことではないだろう。
ベンゾジアゼピンは、作用時間、半減期の長短によって、おおまかに「超短時間型」、「短時間型」、「中間型」、「長時間型」に分けられている。
一般に、作用時間が短時間の方がより「キレ」は良いのだが、離脱・反跳作用を生じやすく、依存を生じやすく、薬をやめていくことに苦労することが多くなる。
ロラゼパム(ワイパックス)を除き、殆ど全てのベンゾジアゼピン系薬剤は肝臓で代謝され、其の代謝産物も活性を持つため、非常に複雑だ。
ロラゼパムは肝臓でグルクロン酸抱合を受けた後に胆汁に排泄されてしまうので、比較的単純だ。
このため肝機能低下・肝硬変のある患者では用量に気を付ける必要があるだろう。
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