医学的に切る


故に、此れ独自の病態があるという認識、此れ独自の対処が必要という問題意識は、精神科医、心理カウンセラーの間にも充分に浸透しておらず、その現われとしてこの呼称は未だ広く確定的に支持されているものではない。
外傷性精神障害とかなり程度重なる疾病概念にPTSD(Post Traumatic Stress Disorder心的外傷後ストレス障害)がある。
こちらは阪神大震災以降、割と有名になった通り日常的常識レベルを越えた予測不可能の(不測の)事態、事件に遭遇し、此れが精神的、ダメージの記憶=心的外傷、として心の大事な領域を占領されるかたちで残り、その結果意志通りの自由になってくれない心の領域をたくさん抱える事になり日常生活に支障を来たす、というものだ。
この中の意志通りの自由になってくれない心の領域、が出来る結果生まれるのが、以下列挙する症状だ。
情緒不安定(情緒のコントロールが利かない)
感情の喪失もしくは鈍麻(感情がコントロールの利く範囲外に行ってしまう)
ある考え、ある思い、に囚われやすく一旦囚われ始めると思考、感情が意志のコントロールを離れて暴走する。(これと解離(特に人格解離)が合わさると、一般の人には精神病にしか見えない)
不眠(全くの不眠よりは、一旦は寝ても一寸した物音で目が醒め、トイレに何度も起きてしまうなど、浅すぎる睡眠の場合が多く、寝ても一向に寝た気がしないというのも多い)
パニック発作(ある日突然に、電車に乗り人混みに入ると強烈な威圧感、窒息感を感じ、或いはこういった感じがなくとも、心拍数が異常昂進するなどの事態が訪れ、此れを何度か経験する内に、電車の乗るのが、人混みに出掛けるの自体が出来なくなる。引き篭りを招きやすい。)
記憶のフラッシュバック(脈絡なく唐突に甦る記憶)
繰り返し何度も見る悪夢
感覚異常(幻覚、異常知覚)
等等。

かなり曝ら様な記憶の一部の欠落、もしくは、記憶は残っているがそれに伴っていて当然の感情が抜け落ちて、記憶されているという、事実だけを淡々と憶えている状態だ。
此れは、そこに思い出したくない、不愉快な感情、が同居しているからだと考えられ、この感情を思い出したくないがため記憶そのものを封印すると前者に、感情だけを無理矢理切り離して封印すると後者になるものと考えられる。

通例PTSDの文脈上で語られるのは、心的外傷が出来るきっかけとなる出来事が、誰の目に見ても明らかな、苛烈でショッキングな一回性の出来事である場合だ。

個人的には、これも含めてPTSDだとすべきと考えている。また、医師の中には、苦肉の策として複雑性PTSD、とかComplexed PTSD、と呼ぶ医師もいる。
此れは、現在精神医学界で最もポピュラーな診断基準であるDSM-IV(アメリカ精神医学会策定)が現段階では一回性の出来事、と狭く定義されている事の影響が大きいと言える。
当然、この条件に一番合致しやすいのは、原因→結果という単純な因果関係ではない、成人するまでの生育環境の不備がある。
が、単に愛情をあまり掛けてもらえてなかった、とか構ってもらえなかった、というだけでなく、これと同時に自尊の気持ちを踏みにじる養育者の関与の仕方、が存在していたのが外傷性精神障害の特徴だ。
具体的には、両親共もしくは何れかが、考え方、価値観、信条などが非柔軟で、権威主義的であった場合が大多数で、また此れが日本の場合は男尊女卑、というかたちで顕われているケースが多いので、外傷性精神障害は女性の罹患率者が高いのかな。

一個一個の出来事を取り上げたところで、それ自体は、大したことはない、なんでもない、誰にでもある経験、であることも多く、当然本人は別にどうってことない、気にしすぎるだけ、と思っているケースが多々ある。




忘れる、という心の働きは、大脳生理学的には、脳の中の海馬という部位の働きと関連していると言われている。
海馬は、古い脳細胞を再吸収しつつ新しい脳細胞を産んでいる脳の新陳代謝を司っている部位だからだ。

人間は危険な目に遭遇するなど、ストレスに曝されると、脳下垂体からACTHという物質が分泌され、此れが副腎皮質に作用し、此れによって次に副腎皮質からコルチゾールという物質が血中に放出される。
此れが扁桃体という感情を司る脳の部位を活性化させると同時に、扁桃体を制御抑制する働きも持っている海馬の働きを牽制、この合わせワザによってストレートな感情が出てきやすい状態が確保される。



そして扁桃体への抑制が脆弱になることから、反射的、直情的な感情が起こりやすく、かつ、感情が暴走しやすくなる。
という二点のトラブルが出てくると推測され、此れは外傷性精神障害の所見と見事に一致をみる。
忘れる、という心の動作は、心の持つ自然治癒力の一つだと言う事が出来ると思われる。実際、忘れるということで我々は守られていることが多々ある。
よく一般に自然に忘れる、という言い方をするが、この自然治癒力が上手く働いている限りは、こう言うのは間違ってはいないのだが、PTSDを含む外傷性精神障害は、この忘れる、という自然治癒力自体にダメージを受けてしまったものだと言えるので、自然に忘れる事、が出来ない状態に陥ってしまうわけだ。
此れが、各種パニック発作や、記憶のフラッシュバック、解離症状が起こったり、他人の言動に対して受け流すことや忘れることが出来ずにいつまでも恨みのように思い続けてしまったり、する理由の一端だ。

実際にはそう簡単に数値化できるものではないが、話を分かりやすくする為に仮に数値化してみると、自然に忘れる事が出来ている状態で忘れる、のに要する時間を仮に一〇、だとしたら、ダメージを受けたことを忘れる働き、つまり海馬の回復までに待たないといけない時間は二〇〇~一〇〇〇、くらいだと思われる。
ただ、待つ、と言っても、忘れる事が困難になっている状態というのは、それだけ脳内に抱えている総情報量が増えているということをも意味しるから、此れは凄い緊張状態だ。
また、忘れる事が出来ないとは物事を整理することも出来辛くなっていること、も意味しる。

此れに加え、扁桃体に充分な抑制が利いていない事から起こる感情の暴走しやすさも加わるので、緊張度合いは何重にも加速させられていることになる。
だから、健康なら普通と言える生活環境なら、混乱を加速させる要因になる可能性が幾らでもあり、こういったものを普段の生活環境から少しでも取り除いてやる。

そうかと言って、よほど経済的に裕福な人でもない限り、日常生活から隔離された安全な状況で長期間過ごすなんてことは出来ませんので、悪化する危険性と常に隣り合わせだ。


カウンセラーがそう言った。だからあなたは厄介なのだ、と。
何故か?

食費が浮いて助かるし、食事に時間をとられないから仕事も進むし、食欲に左右されず、誰と食事をしても「もっと頂戴、残すなら頂戴」、よりは、「ごめんなさい、余り食べられなくて、気にしないで、何時もこうなの、良かったらこちらも食べてみる?」のほうが受けはいい。
つまり、拒食を咎める理由が見つからないのだ。
そりゃ、いつもかったるそうで怠けていては叱られるだろうが、大抵の拒食症者は活発だ。


過食なら、金が掛かる、それだけで咎める理由になるが、食べないでは咎める理由が無い。
そして本人の美意識は非常に歪んでいるから、骨張るほどに美しさを味わう。
「食べろ」と叱っても、「何で? 何か不都合がある?」と言いかえされては、二の句が告げない。
不都合は無いのだ。拒食に関しては、周囲に関しては。

確かに痛々しい。自分の昔の写真や病歴を見るとわかる。
寝ているだけで尾てい骨の箇所が圧迫されて内出血し、皮膚が捲れる。骨盤も剥き出しで、レントゲンだか実写だか分からないほどやせていた。
確かに見た目は悪い。が、其の時点では其れを美しいと信じているのだから、どうしようもなかった。
痩せているわたしを羨ましがって、太らせようと企んでいる、そう思った。
周りは迷惑といえばいえる。本人にとっては体重計が心の友で、日毎減っていく数値を日記に書き、うっとりするのだ。


ウェルテル効果という言葉がある。
簡単に言えば一般的に知名度があり、カリスマがある人間が自殺すると、連鎖的に自殺が増えてしまう現象を指す。
連鎖自殺、誘発効果、ドミノ連鎖とも言う。

日本での有名なウェルテル効果は、藤村操が「人はなぜ生きているのか不可解也」と、客観的に見れば理由にならない理由で自殺したらそれを真似する青少年が増え社会問題になった。
一九八六年四月八日、アイドル歌手の岡田有希子が十八歳で自殺すると、また同世代の若者の自殺が増えた。
一九九八年にもX JapanのHIDEが自宅で自殺した、と報道された。するとファンの女性の自殺が増え、他のメンバーが自殺を思いとどまるように記者会見まで開く騒動となった。
これらの現象では,ただ後追い自殺をするのではなく、自殺した人間と同じ手法で自殺している。
ウェルテルの時代はウェルテルと同じ格好(褐色の長靴と黄色のベスト、青色のジャケット)で同じ手段(ピストルで)自殺している。
岡田の時も、自殺が増えたと言うより飛び降り自殺が増えたと言うべきであろう。岡田が自殺したビルで投身自殺した者も結構いる。
hideの自殺も同じようなものである。
人間は似たようなものを好きになるから、同化して死にたいと思う心理であろう。
これは自殺だけではなく他の事例でもあるといわれている。
例えば、和歌山でカレーに毒物を入れる事件が発生すると全国で毒殺事件が数多く発生した。
また第二次世界大戦が終わると、東欧で共産主義が次々と成立、ベトナム戦争でアメリカが撤退すると東南アジアで次々と共産国が成立。バルト三国が独立すると次々と東欧諸国が共産主義をやめ、ついにはソ連までもが崩壊してしまった。
尤も、同様な事件をマスコミがセンセーショナルに報道する為、連鎖反応が起きているように見えるだけだとの意見もある。
自殺に関する倫理観と自殺志願者の意見として、自殺をすることは良くないことであり、自殺志願者を全て救おう、とする動きが日本社会の一般的な理念である。
しかしながら、自殺する事がなぜいけない事か、という根本的な問いに対する明確で説得力のある論理的な答えが存在しないため、自殺防止を呼びかける人々の「生きていれば必ずいい事がある」「死ぬ気になればなんでも出来る」等の励ましは多くの自殺志願者にとって気休めにもならず、また当事者を追い詰める可能性もあるという厳しい意見があり、精神ケアの難しさを顕著に示す例としても、自殺は社会問題の一つとなっている。
自殺志願者を救いたい人々は自己満足のためだけに活動しているに過ぎない、という志願者側の見解に決定的な反証が出来ない事も多く、カウンセリング成功への道のりは険しい。
また、自殺志願者の辛い人生を肩代わりしてあげられるわけではないことも、自殺防止を困難にしている。
一方で自殺願望の念から立ち直った人から「どうしてあれほど死にたいと思っていたのかはっきりしない」「理由なく、何故か死にたかった」という意見も聞かれ、根本的な原因の追究と解決の難しさを表しているといえるだろう。


特に幼児期に、性的虐待などの強い心的外傷から逃れようとした結果、自我の同一性が失われる疾患のことを指す。
一人の人間に複数の人格が生じるため、以前は多重人格と呼ばれていた。

ほとんどが人格の移り変わりによって高度の記憶喪失を伴い、そのために診断が遅れ、誤診されることが非常に多い疾患でもある。



痛覚などの知覚、記憶、意識などを自分から切り離すことによって苦痛から逃れるのである。

此れを解離的遁走と呼ぶこともある。








そしてその多くは性的虐待である。


架空の病気であるという誤解
もっとも大きな誤解が、この疾患は存在しない架空の病気であるという考えである。
その理由の一つとしてよく挙げられるのが、近年における急激な症例の増加である。
そもそもこの症例はアメリカで主に報告され、その他の地域では滅多に見られないとされていた。
文化依存症候群にカテゴライズする人もいたほどである。
ところがアメリカのDSM-IIIで多重人格が取り上げられて以来、世界中で症例の報告が相次ぎ、一二年後にはICD-10にも多重人格のカテゴリが作られることになる。この現象の説明として、この疾患の存在を知った者が相次いでこの症状を偽ったのだという主張である。






しかし感情の爆発で人が変わったようになることと、この疾患とは何の関係もない。

解離性人格障害という両者を完全に混同したおかしな病名を目にすることも多い。



治るか治らないかについてさえも意見が分かれることが多いが、治った、あるいは症状が改善したという報告も多く、不治の病と考えるべきではないだろう。

あるいは似通った人格同士をカウンセリングにより統合することで最終的に一人の人格に戻してやるという治療法が最善であると考えられていた。

投薬についても、この疾患の治療には非常に長い時間がかかることから、身体への負担を考慮してなるべく投薬はすべきではないという考え方と、薬物療法と精神療法を併用して治療していくのが適切であるという考え方があり、議論が分かれている。

診断基準によるこの疾患の名称の相違
DSM-III(一九八〇) Multiple Personality Disorder(略称MPD)、 和名 多重人格障害
親カテゴリ: Dissociative Disorder、 和名 解離性障害
ICD-一〇(一九九二) Multiple Personality Disorder(略称MPD)、 和名 多重人格障害、 ICD一〇コード F44.八6
親カテゴリ: Dissociative [conversion] disorders、 和名 その他の解離性[転換性]障害
DSM-IV(一九九四) / DSM-IV-TR(二〇〇〇) Dissociative Identity Disorder(略称DID)、 和名 解離性同一性障害
親カテゴリ: Dissociative Disorder、 和名 解離性障害
現在はDSM-IV / DSM-IV-TRに従い解離性同一性障害と呼ぶのが一般的である。
一八八六年、小説Dr. Jekyll and Mr. Hydeが出版される。邦訳ジキル博士とハイド氏 。
一九三二年、映画ジキル博士とハイド氏公開。いわゆる二重人格が話題となる。
一九八〇年、DSM-IIIにおいて、多重人格(Multiple Personality Disorder)が取り上げられる。
一九八一年、アメリカにおいてMinds of Billy Milliganが出版される。
一九九二年、ICD-10においても多重人格が取り上げられる。Minds of Billy Milliganの邦訳二四人のビリー・ミリガンが出版され、日本でも再度多重人格が話題になる。
一九九四年、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の被疑者が多重人格障害(当時)であるとする精神鑑定書が出される。DSM-IVにおいて、解離性同一性障害に名称が変更される。
二〇〇〇年、DSM-IV-TRにおいて、解離性同一性障害が再録される。


母は彼女が小学生の時、暴力を振るう夫と別れ、二人の子供(Aと弟)を育ててきた。彼女は、毎日の生活に追われ、ゆとりのない母に、この不幸を告げることができなかった。
痛手を打ち上げる機会を与えない母を恨み、やがて激しい過食と嘔吐を始めるようになった。
これが母と彼女との関係を危機的なものへと追い込んだ。

彼女は結婚した兄から見捨てられたと感じていた。
ビンジパージ(食べ吐き)が始まったのも、兄が家を離れた後からのことである。
以来自宅にこもって食べ吐きを繰り返し、ときどきは酒に酔って家に火をつけるという危険なことまでするようになった。
両親は、この娘の行動に巻き込まれて、右往左往するばかりだったが、兄との性的関係がこの家で語られることはなかった。

幼児返りが酷く、小学生が着るような花柄のブラウスを着て、髪をおかっぱにし、幼児言葉を話す。
こんな風になったのは、大学二年の二十の頃だった。
不愉快な性交の後、食べ吐きが酷くなって、このボーイフレンドとの交際を避けるようになった。
結局、彼からの誘いは除々に減り、それと同時に母親と一緒にいて甘えていたいという欲求が強くなって、今では母親の腰巾着のようになって暮らしている。
Cの場合、性体験は強制されたものではなかったが、そのことを連想することは彼女を恐怖させ、過食嘔吐の引き金を引くことになった。

幼時に父母の性交場面を目撃してから、しばらくそのことを思い出さないでいた。
しかし、二一歳の大学生の時、ボーイフレンドと数回の性交渉があってから、この思い出につきまとわれるようになり、それから過食嘔吐が始まった。
M、ワレンによる四二例の神経性無食欲症者の観察によれば、一〇〇%に無月経、六二%に便秘、四五%に食べ物への無関心、一九%に腹痛、寒さに対する不耐性、五%に嘔吐がみられた。嘔吐を除く諸症状はいずれも飢餓の際にみられるものと同じである。
体内脂肪の全含有量が、体重全体の二〇%以下に減少するほどに減量した場合には、どんな女性でも月経は停止してしまう。
こうした患者の性ホルモンの日内変動を観察すると、前思春期の子供のものに類似しており、男女ともテストステロン(男性ホルモン)レベルが低下していて、性的衝動の減退が見られる。

ただし、児童期、青年期の患者では、飢餓からの回復によって伸長速度が倍増、時には三倍増し、成長の遅れを取り戻す。患者が以前の成長を取り戻せるか否かは、成長の遅れがどれだけ続いたかによって決まる。


こんな気分になっても。まだ生きられる。

見慣れた画像だよね?
でも汚い。
始末が面倒。
この下は糞尿塗れだよ。

ま、此処迄くれば綺麗かな。
生きろ、唯其れだけ。
何時だって死ねる。そうとは限らないって言うだろうけど、本気死ぬ気だったら、心臓抉り出したら生き物は死ぬ。
脳味噌摘出したら死ぬ。
出来ないのは、怖いから、本当は死にたくないから。
迷うなら、生きろ!
0 Comments:
Post a Comment
<< Home